原典にして頂点、ゴジラ(1954) を観ました レビュー (旧ブログからの移設記事)

(記事作成日 2016.9.26)

シン・ゴジラをもう一度観に行きたいと考えているのですが、その前にまずは原典である1954年の最初のゴジラを見るべき、という意見がネット上では多く見受けられたので、自分もそれに習うべく初代ゴジラのDVDをレンタルして参りました。

とても60年前の作品とは思えない

して、その感想ですが素晴らしく奥が深いなと。初代でありながらこんなに完成度が高い作品だとは、全く思いませんでした。

最終的には白黒だということが全く気にならなくなったくらいです。

日本最初の特撮モノでありながら、ゴジラの迫力、街を破壊していく圧倒的強さ、人々の逃げ惑う様は既にこの時点で十分に確立されていたんですね。

まだ放射熱線はただの息に見えますし、ミニチュアが壊れているのだとはっきり分かる部分なんかもありますが、第1作目でこれは本当に凄い。

そしてこのゴジラは、完全に人間の敵であり、東京で破壊の限りを尽くす。シン・ゴジラが庵野版初代ゴジラだという意見も、今なら納得できます。自分は昭和はおろか平成の生まれで、生まれた時からゴジラについてのイメージは「怖くて凄い迫力だけど、街もボロボロにしちゃうけど人間を悪い怪獣から守ってくれる」というものでしたから。

それがシン・ゴジラで完膚なきまでに破壊され、そしてこの初代ゴジラを観て、むしろ自分のイメージの方が本来のゴジラからしたらおかしいのだと思い知らされました。

脅威の兵器を生み出した化学者の苦悩

そして、芹沢博士の抱える葛藤、これが本当に考えさせられるし、終戦から間もなく、更に水爆実験にも巻き込まれた日本人だからこそ生み出せたドラマだと思います。

世界唯一の被爆国でありながら、その被爆の原因である原子爆弾をこの世に生み出してしまったアインシュタイン。皮肉にも、被爆国の人間でありながら芹沢博士はオキシジェン・デストロイヤーを生み出す悪魔の方程式を完成させ、第二のアインシュタインとなってしまいます。

原爆の脅威を、その悲惨さを知っているからこそ、第二のアインシュタインと化した芹沢博士は東京を壊滅させるほどの脅威であるゴジラを倒す為であろうと、使用を躊躇います。たとえ日本が更に悲惨なことになろうとも、それでも世界が新たな脅威に包まれることと天秤に掛けるほどに。

しかし、彼は平和を願う人々に折れ、最終的にゴジラと心中する形でこの世からオキシジェン・デストロイヤーを消し去りました。自分がいる限り、決してこの世からオキシジェン・デストロイヤーの脅威を消すことが出来ないなら、自分もまたこの世から消えるしかなかった。

被爆国である日本人が、降りかかったゴジラという脅威を消す為に、最終的に原爆に匹敵する悪魔の兵器を使ったというのも皮肉な話ですね。自分は平成の生まれですから原爆の脅威というのもどうしても高齢者達よりイメージが強く湧かない所がありますが、この初代ゴジラの映画の作中からは核や大量破壊というものへの恐れ、怒りが強く、強く伝わって来ました。

一度は必ず見てみるべき傑作映画

というわけで初代ゴジラ、もう60年以上も前のものでありながらパニック物としても特撮物としても、核へのメッセージ性を込めた作品としても素晴らしい映画です。

白黒であるという点だけは今の人達からしたら気になるかもしれませんが、是非ともその偏見を捨て、一度視聴してみてください。

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